鮫洲にて2009/06/25

じいん...
(じいん...)


 2月頃から、自動車の運転免許を取得するべく教習所へ通っていた。
この前の土曜にめでたく卒業試験に合格し、本日は休みを取得して鮫洲の試験場へ。
本免試験(学科)にも合格し、晴れて免許(AT限定)を取得したのだった。

 免許が発行されるのを待つ間、iPodから「菊次郎の夏」のテーマなどが流れてくると、つらかった教習の場面がいろいろと思い出され、胸にこみあげるものがある。
結果として補習や再試験などは受けずにすんだものの、特に慣れない第1段階(所内)の教習はつらく、いい歳をして泣きそうになってしまったときもあった。涙目くらいにはなっていたかもしれない。

 まったく思いがけないことだったが、くじけそうな時や、検定試験の前などの場面では、松岡修造の動画に非常に励まされた。
フィギュアスケートをよく観ていたころは、うるさくて顔を見るのも嫌だと思っていた人だが、動画配信サイトでたまたま見つけた動画の、頑張れ頑張れ、できるできる、あきらめるな...といった声の数々が、そういう場面ではなぜだか「効く」のだった。
つらい場面を過ぎた今となっては、やはりうるさくて顔を見るのも嫌である。
スポーツの場などでは、やっぱりこうしたストレートな言葉が有効なのかもしれない。
あるいは、苦しい状況の人が新興宗教などに転びやすいというようなものか。

 思い違いをしていたのは、免許をとる位の段階になれば、もう自由にどこへでも好きなところへ運転して行けるようになる、と思っていたことだ。
路上教習はだいたい決まったコースを走るので次第に慣れたものの、初めての道となるとまだまだまったく自信がない。
教習所へ行く前は、取得後は必要な時にレンタカーでも利用すればいいや、と思っていたが、最初は中古車でも買って、少しづつでも日常的に運転する方がよいようだ。

 といっても、実際にクルマ購入に向け準備を進めてみると、駐車場の確保や保険加入など、いろいろと面倒な事が多く、まったく江戸ッ子の持ち物ではないという気はする。

花見@千鳥ヶ淵2009/04/04

千鳥ヶ淵
(千鳥ヶ淵)


 東京の桜もほぼ咲き揃った土曜。母と妻と私とで花見へ。半蔵門から千鳥ヶ淵へ出る。
ここ数日、開花状況や天気などを気にしてなんとなく落ち着かなかったが、ほぼ最良の条件が整ってほっとした。

 武道館のあるあたりを抜けて東御苑でお昼。母が作ってきてくれた弁当を食べる。
広場には家族連れも多く、よちよち歩きの子供の姿などを眺めながら、次に来る時にはうちも息子か娘と一緒かと考えていた。

味噌作り@六郷文化センター2009/02/04

大豆と米麹
(大豆と米麹)

 諸事情により、今年は私も味噌作りに参加することになった。
文化センターの調理室に集まったのは、妻とその妹のほか、いずれも年配の女性方で、10名位だったろうか。
そのメンバーで100Kg程度の味噌を仕込んだ訳だが、量が量だけに何度も同じ工程を繰り返すので、もうすっかり作り方をおぼえてしまった。

・前の晩から大豆を水につけて戻しておく。(これは主宰の方が準備されていた)
・つけておいた水ごと鍋に入れ、茹でる。(圧力鍋を使った)
・茹であがった豆を潰す。(肉を挽くような道具を使ってミンチにした)
・米麹をほぐして塩をまぜ、さらに潰した豆を入れてよく混ぜる。(茹で汁を入れてかたさを調節した)
・混ざったものを、ソフトボール位の大きさの団子にする。
・樽は焼酎で消毒し塩を塗っておく。樽の底を目がけて団子を投げつける。(空気を抜く訳だ)
・表面を平たくならし、塩を薄くまく。ぴっちりラップで覆う。
・紙にチューブの練がらしを出し、挟んでラップの上に置いておく。(かびの予防か)
・樽に蓋をし、日当たりのいい所に置いておく。(ひと夏)

昼すぎには終わったものの、さすがにだいぶくたびれた。

First Appearance2009/01/04

はしご乗り
(はしご乗り)

 正月休みも今日で終わり。

 電車に乗り、なんとなく上野で降りる。
公園やアメ横などをぼんやり眺めながら散歩。

 秋葉原から神田へ抜け、さらに日本橋へ出たところ
高島屋の前に、昔の大工さんのような格好の人が沢山あつまっていた。

 見ていると、木遣のような声を出しながらぞろぞろと高島屋の中へ入っていく。
店内放送によると、地元の消防記念会の方々による出初式とのことだった。

 まず、1階の吹き抜けのある場所で勢揃いし、あらためて木遣り唄を唄う。
生で聴くのは初めてかもしれない。この感じは、ブルガリアンヴォイスじゃないか...

 ふたたび外に出て「はしご乗り」の披露。
きゃーすごい。

 日本橋を後にしてまた歩き、まだ昼過ぎだったが、新橋から電車に乗って帰る。
夕方、ジョギングで土手から川崎大師へまわると、夕暮時にもかかわらずまだかなりの人手。

思い出す事など2008/12/30

 昼過ぎ、大竹君を迎えに大鳥居駅まで。
お互いの「いままで接してきた文化について」を語る企画を催したのだった。

 会話を進めながら、話に出た事柄をwikipediaで調べたり、曲やバンドの映像などを次々にyoutubeで見たりすることができるというのは、今さらながら贅沢なことだと思う。

 振り返ってみるとやっぱり、個人の趣味や傾向というか、持っているテイストのようなものは、中学ごろ迄に接した文化の影響が大きいのだろうか。
高校以降に接したものは、その持ち味をどう表現するかの手法の側へ影響しているような気もした。

 日が暮れ、土手の道から穴守稲荷の駅まで。

大野山2008/12/28

(大野山山頂からの富士山)
(大野山山頂からの富士山)

 きょうから年末休み。
まだ気が張っているのか、早く目が覚めてしまった。
寝床で急に思い立ち、山のガイドブックで見て気になっていた大野山へと向かった。

 谷峨駅から大野山を経て山北駅へ向かうコースはやはり車道歩きが多く、最後の方はすこし飽きてしまったものの、富士山を望む山頂からの眺めはすばらしかった。

秋の一日2008/12/06

(会場の様子)
(会場の様子)

 強風が吹いた翌日。天気がよかった。
昼ごろ家を出て、渋谷から二子玉川へ。すっかり歳末らしい様子の高島屋をのぞいてみる。
本館と別館をつなぐ屋上庭園からの眺めは、多摩川も見えてなかなか気持ちがいい。

 ゆるやかな坂を登り、用賀の方へ向かう。
中島崇さんらが開催する展覧会「ECHO TOUR」を観に行ったのだった。

 エレベータを降りると、木を使った空間作品が、ぐねぐねとうねりながら広い会場全体につづいている。訊けば、その大作の設置には、本人のほかにある方も手伝われたとのこと。その組み合わせ、「不思議の国とアリス」三月兎と帽子屋じゃないですか。

 作品のいくつかは以前にブログの写真などで見たことがあったものの、実際に目にするとやはり印象や質感は違うもので、あ、これこんなでかかったんだ、というような面白さもあった。

 まだ陽があるうちにそこを辞し砧公園へ。紅葉の中を抜けて更に祖師谷の方へと向かう道のり、いつしか高台にさしかかっていたのか、夕暮のなかに遠く富士山の影を見たのだった。

高菜句会5@芭蕉記念館2008/11/30

 天気がよかった。散歩がてら川沿いに歩き、天空橋からモノレールで浜松町まで。
さらに地下鉄に乗り換え、清澄白河へ。「芭蕉記念館」で句会があるのだった。

 お借りした部屋は広く、木々の枯葉から漏れる光がゆらゆらと障子に映り、その美しさを眺めている内になんとなく現実感のようなものが希薄になり、いつにも増して、自分でもよくわからないことを喋っていたような気もする。

 会場の利用は句会のみに限られることもあり、場所柄もあって、ふだん利用する人もあるていど節度がある様に想像されるが、中にはひどい利用者もいるのではないか。
終わった後の会場が、ペンキやげろ、その他いろいろな汚物にまみれているような状態で、これがわれわれの句会です、と笑顔で語るような俳句結社がないとも限らない。

 我々の句会の参加者はみな節度あり、幸せな時間をともに過ごせて本当によかったと思うのだった。

タワー音泉2008/11/27

 少し前のこと。久々に渋谷のタワーレコードへ。アバンギャルドのコーナーに行くと、「ほぶらきん」のDVDが発売されていた。1981年、新宿ロフトでのライブ。思わず、うおおと歓声をあげてしまったが、レコード屋でこうした気分を味わうのも久々のことだ。

 一瞬、もしかしたら現在のメンバーのインタビューなども入ってるのではないか、せめて副音声でも...と期待したものの、とくに特典映像などはなく、伝説は伝説のままなのだった。

 あるフロアでは、「ジョン・マクラフリンの甥」という人が、ミニライブというのか、聴衆を前にベースを演奏していた。すごいのかどうか、よくわからない。ほかに、今更ながらBoards Of CanadaのCDなどを購入。

 やっぱり、たまには足を運んでみるものか。インターネットでもいろいろなCDを試聴できるものの、あの空間で手書きのPOPなどを見ながら立って試聴するのとでは、まったく別のものだという気がする。
この店の風景もまた、いつかはノスタルジーとして語られるのか。または、すでにそうした言葉もあるか。

 HMVの上の青山ブックセンターはなくなっていた。東急本店近くにあった、わりと大きかった本屋も姿を消していた。どういうことなのか。どこか、別のところに集結しているのか。
遠く離れた山里で人知れず佇む書店群の風景を想いながら、パルコ地下の本屋へと降りていくのだった。